切迫早産入院

切迫早産で長期入院、退院後ふりかえって思うこと~心の傷~【経験談】

ご訪問ありがとうございます。

切迫流産で自宅安静から入院。三か月の入院生活を経て、妊娠30週にて娘を出産したひまわりです。

私が入院した病院では、たくさんの切迫早産で入院するママさんがいました。

その中でも、最も厳戒態勢で、絶対安静レベルの高かった妊婦が

「わたし」でした。

何とか平静を装って3か月過ごした入院生活。

でも、入院中の過度なストレスは、自分が思っている以上にやっかいでした…。

ツライ入院生活。その後、体力的にも精神的にも、普通の生活に戻るにはちょっと時間がかかります。

今回は、そんな私の退院後の様子について書いた、昔のブログを再掲載させて頂きます。

※退院後、3か月経って書いたブログです。内容的に分かりにくい部分もありますが、リアルにお伝えしたいため修正しておりません。

入院生活のすべては、こちらの記事で↓

切迫早産入院ブログ~妊娠17週から妊娠30週の入院記録~妊娠16週から妊娠30週までのすべてを綴った切迫早産入院ブログです。笑いあり、涙あり…。今思えばあっという間の3か月。でも、地獄の3か月。人生で一番つらかった…そういっても過言ではない切迫早産での入院生活を赤裸々に綴っています。...

退院から3か月…

退院してからは 毎日がとっても早く過ぎてて。特に娘が退院してきてからは、日々すごいスピードです。

入院中はあんなに一日が長かったのに…。

最初のうちは入院生活の精神的な呪縛がなかなか取れなくて、思い出しては泣いてしまうこともありました。

普段、あまり後ろ向きなことは考えないし、どちらかというと気持ちの切り替え早い方なんですけどね。

結構、今回の入院はツライ思いを引きずっていたと思います。

退院してしばらくは、夜中寝ているときに突然、入院生活でツラかった思いがよみがえってきたり、ごまかしていた気持ちが、「ばばばーっ」と溢れてきたり…

苦しい気持ちになってしまうことがありました。

その頃はまだ娘も入院してたし、寂しい気持ちもあったんだと思います。

娘への不安も完全に拭いきれてなくて…。

やっぱり元気になれない自分がいたのかもしれないですね。心の疲れがなかなか消えなかったです。

今は。。。

あの苦労を忘れてはいませんが、さすがにもう元気になってきましたよ。

娘と一緒に過ごせるようになって、娘の笑顔のおかげで、呪縛がようやくほどけたかな?!

穏やかな気持ちで過ごせています。

切迫早産での長期入院生活、今だからみえる心の内

入院生活を振り返って、今思うことは

3ヶ月間。。。

私すっごく緊張して、不安な気持ちで毎日を過ごしていたんだなぁ~ってことです。

ずっと、怖かったです。いろいろ。

入院中、普通を装っていたけど、固い表情して、心もガチガチで…。ギューって色んな気持ちを閉じ込めて我慢して過ごしていました。

妊娠生活を、もっとハッピーに優しい気持ちで過ごしたかったな…と、今となっては思いますが。

あの「普通ではない」状況では、仕方なかったです。娘にも申し訳ない気持ちがあるんですよね…。

特に22週までなんてほんとに地獄でしたから。。。

ひどい精神状態だったと思います。きっと胎教、悪すぎ。

でも、22週超えたからといって大きく何かが変わるわけでもなく、やっぱり不安で不安でしょうがなかったです…。

あの「不安」を一言では表現できませんが、例えて言うなら

娘の命を背負って、今にも割れてしまいそうな薄っぺらい氷の上をずっと歩き続けなきゃいけない…。

そんな緊張感と恐怖心をミックスしたような心境でしょうか…。

言葉にしてしまうと、薄っぺらくなってしまいますね。

ちょっと大袈裟かもしれないけど、今まで生きてきて、ここまでの不安や緊張を感じながら過ごしたことはないです。

切迫早産は、子供を無事に産むまで、その「不安」から解放されることはないし、絶対に「逃げる」ことが出来ないし…。

特に「精神的な逃げ道がない」ということ。

それが すごく、すごく、すごーーく強烈なストレスでした。過呼吸で倒れたのはそのへんが原因だったと思います。

倒れたことで更にぎゅうぎゅうに縛られることになって…。

次また同じように倒れたら?もっと……。

もうこれ以上ぐるぐる巻き、やだ。。。排便中トイレの中まで監視されるなんて…ありえないし。。。 四人部屋で床上排便とか、もっともっとありえないし。。。

こんなふうにキツく私を管理すればするほど、また倒れる危険性が高くなる。

それを看護師さんにどれだけ訴えても、一方通行でした。 当然と言えば、当然なんですけどね…。

違う、そうじゃない。。。

分かってもらえなくて、本当に悲しかったです。

私の人権は、尊厳は?????

子どものためとはいえ、心が折れそうでした。絶対に倒れたくない、絶対にもう倒れない!! 倒れない!! 倒れない!!…

自分に強く言い聞かせていました。

先生や看護師さんがお腹の赤ちゃんの安全を守ろうとすればするほど、気持ちはどんどん追い込まれて…。

この時に「追いこまれた」「苦しい」という圧力に似たこの感情は、入院中ずっと続いていたように思います。

そして、それは退院してからも消えなくて…。ギューって心を締め付けられるみたいに時々、気持ちだけがリアルにフラッシュバックしていました。

もう嫌ーーーー!!!!! って……。

ツラーい気持ちで目が覚めたり…。また過呼吸になるんじゃないか?って突然怖くなったり…。

もうとっくに解放されてるのに ……ですよね。

不安やストレスを抱えながら、全く自由のない入院生活。辛いこと、嫌なこと。いっぱいいっぱいありました。

だけど、その辛いという気持ちを自覚して真正面から見てしまったら…。入院生活を乗り切れる自信がなかったから、必死で気持ちに蓋をしていました。

自分を「普通」に保つためには、そうするしかなかったんだと思います。

たくさんの人が私の周りで支えてくれた入院生活でしたが、マラソンと一緒で苦しいのは、自分。

進まなきゃいけないのも、自分。

自分との戦いで。。。

ほんとは……すごい孤独でした。

入院生活。限界まで我慢してたんだな、って。頑張ったのではなく

頑張る以外に道はなかったんだな、って。

退院してから気づきました。

入院中、看護師さんに「もっと吐き出していいんだよ」「わがまま言っていいんだよ」「いい患者になろうとしなくていいんだよ」って言われたことがありました。

確かに、心の奥で壁を作っていたと思います。

私自身にしかこの苦しみは分からない。見ているだけじゃ分からない。

誰にも分かるわけがない。。。

そんなふうに受け止めてもらうことを諦めている自分がいたんだと思います。

普通を装って、核心に蓋をしている私にきっと気づいていたんでしょうね…そういう看護師さん達は。

鋭いなぁーって。。。

私がもし看護師さんだったら気づいてあげられないような気がします。

精一杯、寄り添おうとしてくれていたんですね、きっと。

本音を吐き出して少しでも楽にな って欲しい。少しでも快適な入院生活を送らせてあげたい。

そういう、看護師としての意識の高さとか仕事としてではなく、人として、女性としての 優しさや気遣いはありがたかったです。

でも、気持ちを吐き出したって、私の不安は根本的に無くならないし、入院生活の中にあった「本当の嫌」という感情を

どうにかして欲しい!やめて欲しい!

そう心の内を本気で訴えたところで、お腹の子供を無事に産みたい!それが「一番の思い」であるいじょう、今の状況を私の気持ちだけで変えることはできないんだ。。。我慢するしかないんだ。。。

私自身が一番 分かっていました。

素直に気持ちを吐き出すことは、辛さを自覚して更に辛さが増してしまうだけなんですよね。自分を更に追い込んでしまう。。。

だから、心の奥に壁を作って自分の平静を保っていたんだと思います。

泣きたいほどに「嫌」だと思っても、逃げることもできない。

自分自身で乗りきらなきゃいけない。

毎日一歩ずつ進むしかない。

時が経つのがほんとに、ほんとに、ほんとに…

長くて、重かったです。

毎日、やっと夜がきて、気持ちだけが異常に疲れていて

リセットしきれないまま朝がきて…

その繰り返しでした

普通の自分でいることだけで精一杯。。。たぶん、そんな感じだったと思います

切迫早産の入院、つらいこと

入院生活の辛いこと。

ひとつひとつは、そんなこと大したことないんじゃない?

そう思われるかもしれませんが、小さい「嫌」がずっと続くと…絶対に逃げることが出来ないと…

ある時から突然、日に日に辛さが二倍、三倍…

んーん。二乗、三乗…に膨らんでいきました

きっと

一つでも自由になれる瞬間があったら、違ったかもしれないですけどね…

点滴やおしっこの管にずっーと繋がれている辛さ、煩わしさ、痛み

入院中、二時間以上熟睡できたことは一度もありませんでした

吐き気や胸焼け

食事を美味しいと感じることもできませんでした

外の景色も見れない

家族や友人とも自由に会えない

シャワーも浴びることができない

顔だって洗えない

一人になりたくてもなれない

泣けない

食事以外、一日中ベッドで横になっている

苦しさ…

こんなこと ほんの一部で、書き出したらキリがないんですよね。。。

いっぱい逃げたいこと、ありました。

その中でも入院中、ほんとに嫌で…、一番一番 逃げたかったこと。

ずっと蓋をしてごまかしていた気持ち…。

それは

お世話される。。。という精神的な苦痛でした。

私にとって それが大きな不安を抱えながら入院生活が続く中で、一番……

つらかったです。

清拭とか、おしも洗浄とかオシッコの管の交換とかナプキンの交換とか
床上排便とか

ドア一枚越しに監視されながらの排便とか……

自分の意志で病室を出ることは何一つ許されていなくて…

一瞬も気の休まる瞬間もなくて…

そんな、監禁に近い状態だったからこそ余計に辛く感じたのかもしれませんが…

私たちはこんなの慣れてるから、気にしないでいいのよ。

でも、そういう言葉は、かえって自分の立場を意識してしまって、心の壁も厚くしてしまいました…

看護師さん達に対しては心から感謝しているんですよ。ホントに。。。

だから余計に、ホントに苦しいところ吐き出せるわけがなくて…

こういうことは看護、介護の世界では当たり前のことで、事故や病気、老齢…食事や排泄でもっともっとお世話の必要な方いるでしょうし。

命の現場で、それを仕事として長年働いている人にとったら、私の感情はあまりにも幼稚かもしれません。

だけど

完全に管理され、監視され…。娘の命を背負って薄い氷の上を歩くだけで神経をすり減らしている私にとって

「お世話される」という立場がどうしようもないくらいに精神的に辛くて…

最後まで「慣れ」は無かったです。

恥ずかしいとか、嫌とか、そういうレベルをはるかに越えてて…

屈辱的。。。

そんな気持ちがどこかにありました。

お腹の赤ちゃんのために…頭ではどんなにわかっていても、惨めになってしまうことがありました。

何も出来ない自分に、看護されなければならない自分に、情けなくなってしまうこともありました。

強くいられなかったです。

おわりに

入院中

自分の弱さをつくづく感じました。

自分が思っている以上に、自分には繊細な部分があることも新たな発見でした。

閉鎖された空間では、いつもの自分ではいられなかったし、思考もかなり狭くなっていたのかな…と思います。

どうしようもないくらいに暗ーーくなってる時もありました。

あの時間と空間を思い出すと、よく耐えられたなぁーって。今でも思います

でも、退院して結果的に、心を病むことも無かったし、十円ハゲが出来ることもなかったし、なんやかんや言いながら、まあ、今は元気に過ごしているし

私って、やっぱり図太いところもあるのかな…

と、思ったりもしています。

娘が元気に産まれてきてくれたおかげなんですけどね。

結果がすべて……ですね。

先生方や看護師さんには心から感謝です♪

それに、辛い入院生活のおかげでちょっと強くなれたと思います

大変だったけど…

無駄な経験ではなかった、って思います

人生に無駄な経験はない!ですね

身をもって学習しました(–;)

だけど、あんな「監禁」に近い入院生活。はっきりいって二度としたくないです。 一回でじゅうぶん!!!!!

もう一回、あれ。絶対に考えられません!!

帝王切開後に子宮をとってもらうことも真剣に考えるぐらい、あの時は辛かったですから。

なのに…

退院前日、主治医に言われた言葉。

次の妊娠も、おそらくこんな感じになると思いますよ。ふふっ

( ̄□ ̄;)!!!!!!っ

先生…。もうこりごりです(汗)

わたしのこと毎朝 見ていたのに…。なんにも見えていなかったのね。。。

医者って。。怖い生き物だわ~

ひまわり

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